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二〇二〇年

山村留学指導員 有坂亮祐

 年が変わる瞬間はいつも静かだ。年明けのカウントダウンや十二時過ぎてからの初もうでに行こうとするなら、静かに変わるということはないのだと思うが、家で過ごしていると、静かに令和三年を迎えることになる。

 一年、というのは人が考えた区切りだから、地球はいつも通り時を刻むのは当たり前である。
 去年一年を振り返って、終始コロナに振り回された時期だったと思う。センター生活は「超」が付くほどの濃厚接触だらけだ。いろいろな地方から子どもたちが集まり、一つの屋根の下で生活する、と、文面におこしただけでもクラスターが発生しかねない状態であることは明確だ。
 大川村の人たちは留学生にも温かい。しかし、それとこれとは話が別で、東京、大阪、名古屋などの都市部から来ている子どもたちは来村した数週間は警戒を厳にしなければならない。コロナ前ならできた週末活動も変更をしなければならないこともあった。村民や指導員が暗黙の了解で村民と留学生との交流を避ける状態だった。
 ただ、こちらに来て数週間経っても特に何もなかった場合、それ以降は村の人たちよりも村外にでる機会が少ないので村の人も指導員もかえって安心だった。
 日々、警戒を厳にしなければいけない状況の中、大きな学校行事が中止せずに行われたことはとてもよかったと思う。
 日々の検温や、生活の中で、時間差をつけてお風呂を済ませたり、週末の活動が差し替えになったりするなど、今までできていたことが一変し、大人も子どもも戸惑いを隠せなかった。
 それでも子どもたちにとっての大きな行事が中止にならずに行われたのは、そこに関わる人たちの努力のたまものだ。コロナ一色だった二〇二〇年でも、なんとかして行事を行おうという前向きな姿勢は美しかった。
 今年一年はどうなるかはわからないが、日々できることに力を注ぐことを忘れないでいたい。















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